昔話その2

昨日更新した日本のキャスティングスポーツの創世記について。本棚を探せば、まだいろいろな資料も出てくるだろう、と思いつつ、それはまた今度、と思って別のことを考えながら、会社の近くの古書店を通りかかった所、1970年代の『つり人』が置いてあり、なにやら見覚えがある表紙だな、と思いつつ手にとって見ると、大昔に図書館で見ていた雑誌と同じものでした。そしてそれは、自分がキャスティングスポーツに興味を持ちようになったきっかけとなる記事、だったのです。どうですか、この記事。

フライで68m! これが世界チャンピオンだ!


(月刊つり人1979年XX月号より)
なんとなく、キャスティング競技のことは、釣りキチ三平の「O池のタキタロウの章」で知ってはいましたが、どれくらい凄いことなのかは分かっていませんでした。しかし、この記事にあるSteve Rajeffなる選手がフライ片手投げで68mも飛ばしているなんて、これを見て初めて知ったわけですから、驚いたのなんのとは、正にこの事です。そしてこの「松崎しげる似」のイラストにも騙され、また書いてある記事の内容も、今から見ると「ツッコミが浅い」と思えてしまうような内容だったりもするのですが、当時の日本のつり人たちを驚かせるには充分なないようでした。専門誌がキャスティングスポーツというカテゴリーを応援してくれていた頃の話ですね。月刊「つり人」では、事あることにキャスティングスポーツを記事にして下さいました。このような記事もありました。

(月刊つり人1979年XX月号より)
まさに日本のキャスティングの歴史が花開かんとするころに掲載されていた記事です。1977年の世界選手権のスコアを紹介しつつ、スティーブ・レイジェフが初来日する、という記事を紹介しています。この記録表の中で、1種3種で優勝しているのは、スウェーデンのUlf Janson元ICSF会長でしょう。英語読みだとJansonはジャンソンになってしまいますから。そしてアメリカのスティーブもクリスも幼いながらも、アメリカのお家芸のベイトリールのカテゴリーで活躍していたようです。
他にもこのような記事が掲載されていました。

(月刊つり人1979年XX月号より)
新宿のデパート、京王デパートにはスプーンの神様「忠さんのプロショップ」があり、隣の小田急ハルクにも「Orvisショップ」があった頃の話ですね。当時はまだデパートに釣具コーナーがあちこちにあったことを覚えています。ミリオネア3Hを買ってもらったのは、上野の松坂屋だったんじゃなかったかなぁ。池袋の西武にもプロショップ丸勝があって、確かそこでキャスティングのデモンストレーションを高校生の頃に頼まれてやったことがありました。
当時、これらの記事を誌面に掲載してくださったのが、つり人社会長でもあり、現在のJCSF鈴木康友会長です。日本でのキャスティングスポーツの生い立ちをご存知だからこそ、JCSFが立ち上がるときにも一肌脱いでくださり、ご尽力いただきました。誰もが手探りで、一匹の魚でも多く釣りたい、1cmでも遠くに飛ばしたい、などの欲求に実現させようとしているところを、誌面に載せてくださっていました。今のようにブログもFacebookもない時代には、このような雑誌の記事が唯一の情報源。動画もない静止画だけの説明から、その行間を読み解くような作業を強いられてきたのも懐かしい思い出です。時に遭遇した勘違いは、間違いなく今の時代の試金石になっているのだな、と、20年以上を経た今日、当時の雑誌をみて改めて思い知るところであります。そしてその分の歴史の一端を担ってきた自分がすべき事について、心して取り組む気持ちを胸に、明日からの更新作業に取り組む所存です。

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